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奈良地方裁判所葛城支部 平成9年(ワ)152号 判決 1999年8月20日

原告 A野一郎

<他1名>

右原告両名訴訟代理人弁護士 石川量堂

同 藤本卓司

被告 株式会社 ダイワ企画

右代表者代表取締役 濱西健二朗

右訴訟代理人弁護士 渡辺徹

主文

一  被告は、原告一郎(以下「原告一郎」という)に対して二億四一五六万四二三〇円、同A野花子(以下「原告花子」という)に対して五八〇万円及びこれらに対する平成七年一二月四日から支払い済みまで年五分の割合による金額の支払いをせよ。

二  原告両名のその他の各請求を棄却する。

三  訴訟費用は、全部被告の負担とする。

四  この判決は、主文一、三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一請求

一  原告一郎関係

二億四九八四万九六九七円及びこれに対する平成七年一二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員

二  原告花子関係

一一〇〇万円及びこれに対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員

第二主張(以下、本項の記載を「主張」という)

一  被告の認める原告ら主張の請求原因事実

1  被告の地位

被告は、スイミングスクールの設置及び経営等を目的とする株式会社であり、奈良県大和高田市《番地省略》において「JSSダイワスイミングスクール」(以下「被告スクール」という)の名称で有料のスイミングスクールを経営している。

2  原告一郎の被告スクールへの入会

原告一郎は、平成七年九月三〇日ころ、被告スクールに入会の申込みをし、同年一〇月から同年一二月分までの受講料月七九〇〇円ないし九九〇〇円を毎月支払って、被告スクールの成人コース(月八回)に通って水泳実習を受講していた。

3  本件事故の発生及び原告一郎の受傷

原告一郎は、平成七年一二月四日、被告スクールの成人コース(上級)の練習に参加し、午後六時四五分ころから同スクールの講師の指示でストレッチ体操を行い、同日午後七時五分ころ、被告スクール内の二五メートルプール(以下「本件プール」という)の第三コースの飛び込み台(以下「本件飛び込み台」という)からいわゆる逆飛び込みの方法で飛び込んだところ、本件プールの底に頭部を打ち付け、第五頸椎圧迫骨折、頸髄圧迫骨折、頸髄損傷の傷害(以下「本件傷害」という)を受けた。

(被告は、本件事故の発生時刻は同日午後七時二分ころである旨主張する)

4  プールにおける飛び込み事故の発生状況

財団法人日本水泳連盟(以下「水泳連盟」という)は、平成四年一一月、「浅いプールでの飛び込み事故予防に関する見解」(以下「見解」という)を発表し、飛び込み事故の実態を分析して、その危険性を警告している。

それによれば、一〇〇〇例以上の脊椎損傷を伴うスポーツ事故のうち、水泳の飛び込み事故が六〇ないし八〇パーセントを占めていること、平成二年度のスポーツレジャー事故での脊椎損傷例一八二例のうち、水泳飛び込みの事故例が四四例(二四・二パーセント)と最も多かったこと、受傷場所はプールが過半数を占めていること、学校水泳プールでは毎年四、五件の飛び込み事故が起こっており、昭和五九年度から同六三年度までの五年間に限ると、学校でのプール飛び込み事故は合計三六例であること等が指摘されている。

5  本件プールについて

(一) 本件プールは、被告が占有使用する建物の一階内に設置されており、土地の定着物である建物と一体性を有していて、民法七一七条一項にいう「土地の工作物」にあたる。

(二) ところで、水泳連盟は、その公認規則(以下、単に「公認規則」という)で公認プール、すなわち、水泳連盟の競技会および海外交流規則に定める公式競技会又は公認競技会に使用する競技場として、水泳連盟が適格と認めたプールの規格を定めているが、飛び込み事故が多発する状況にかんがみ、事故防止の観点から、一九九二年の改正において公称二五メートル競泳プール、標準プール共に端壁前方五メートルまでの水深が一・二メートル未満の場合はスタート台の設置を禁止した。しかも、水泳連盟は、これらの規則について、絶対安全な基準ではなく、競技会を開催する上での「当面の画一的な最低基準」とでもいうべきものであり、他の事故発生要因が複合的に作用すれば、プールの底で頭を強打し、頸椎、頸髄損傷を来す飛び込み事故が起こりうる旨警告する。

(三) ところが、本件プールの構造は、プール長二五メートル、プール全幅一三・五メートル、最浅部分の水深一・〇五メートル、最深部分(端壁から一二・五メートル付近)の水深一・二メートルであり、壁端前方五メートルまでの水深は一・二メートル未満であるのに、(二)記載の一九九二年における公認規則改正後約三年経過した本件事故当時までその構造が変えられず、満水時において水面から〇・四五メートルの高さを有する飛び込み台を設置したまま使用されていた。

6  被告の受講生に対する安全配慮義務

(一) 被告は、営利目的で有料スイミングスクールを経営し、その受講生との間で受講料支払の対価として水泳の技術等を教授・指導する契約(以下「受講契約」という)をして利益を得ていること、水泳がこれを行う者の生命・健康に一定の危険を伴う競技であること等の事情にかんがみれば、被告は受講契約に基づき、プール等の施設の管理上及び水泳技術の教授指導上、受講生の生命及び健康に対する危険から受講生を保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負っている。

(二) ところで、水泳連盟の見解は、前記のとおり飛び込み事故が多発していることを指摘し、見解の「事故に至る危険性を伴う飛び込み方法」の項において、飛び込み技術が未熟な場合には力強く蹴ることができず、このため離地角が下向きとなり、入水点が近くなること、このとき腰部が完全に伸展していれば、入水角が小さくなって「腹打ち」となるが、腰部が屈曲していれば入水角が大きくなり、重心が下がって頭下がりの回転モーメントを生じて到達深度が深くなり、水底で頭部を打つ危険性が増す等と述べている。

(三) その上で、水泳連盟は、飛び込み事故防止の観点から、見解において、水泳指導者に対し、指導にあたっての次の提言をしている。

(1) 過去のプール規則やガイドラインは逐次修正・改定されていること等を認識し、使用プールの安全性、特に水深とスタート台との関係がプール使用者の体格と飛び込み技術に即していることを確認すること

(2) 飛び込みの実際の指導では、

a 飛び込み技術とそれに伴う危険性についての事前の説明・指導

b 段階的指導

c 個別的指導

d 飛び込みの動作の観察・監視とそれに応じた技能指導

といった具体的注意を守ること

(3) 競泳選手であっても飛び込み事故が起こることを認識し、水泳指導・プール管理に注意すること

二  被告の知らない、又は否認する原告ら主張の請求原因事実

1  原告一郎の地位

原告一郎は昭和四七年一〇月二八日生まれで、平成七年三月、B山外国語大学英米学科を卒業し、同年三月三〇日、C川ビジネスサービス株式会社に雇用され、同社からの派遣社員として、財団法人D原技術者研修協会関西研修センターで外国人相手のフロント係として勤務していた。

2  原告花子の地位

原告花子は昭和一九年一〇月一二日生まれで、原告一郎の実母である。

3  工作物責任(民法七一七条一項)

(一) 公認規則において定められた公認プールの規格は、プールでの水泳の際の安全性を確保するための最低限の要件であって、右規格に反し、端壁前方五メートルまでの水深が一・二メートル未満で、飛び込み台の設置された二五メートルの競泳プールについては、飛び込み台の使用を禁止した上で当該プールを使用しない限り、プールとして通常有すべき安全性を欠いたものというべきであり、設置又は保存に瑕疵ある工作物に該当するというべきである。

(二) よって、本件プールは、飛び込み台を除去ないし飛び込み台の使用を絶対的に禁止しない限り、本件事故の時点では改正されていた公認規則の定める公認プールの規格に合致せず、プールとして通常有すべき安全性を欠いたものというべきである。

(三) ところが、被告は、原告一郎が被告スクールに入会してから本件事故に遭うまでの間、同原告を含む受講生に対し、本件プールの飛び込み台からの飛び込みを禁止したことはなく、受講生が右飛び込み台から飛び込むことを事実上容認していた。

(被告は、原則として本件プールでの飛び込みを禁止しているが、成人の会員については児童の場合と異なり、十分な判断能力を持っていることから、自らの判断・決定に基づいて行動してもらっていた旨主張する)

(四) 本件事故直前においても、被告に雇傭されて原告一郎を含む被告スクールの上級クラスを担当していた同スクール専任コーチで、日本水泳連盟C級コーチの資格を有する訴外長田正美(以下「長田」という)は、本件プールサイドにいて、原告一郎を含む二、三人の受講生らが相次いで飛び込み台から本件プールに飛び込み、特に原告一郎の飛び込み技術が極めて未熟で腹部を水面に打ち付けていたこと等の事実を容易に認識できたのにもかかわらず、同原告を含む受講生らに飛び込みを禁止したり、コーチの具体的指導にしたがって飛び込みの練習をするよう注意したりする措置を一切取らなかった。

(五) その結果、原告一郎は、被告スクールの受講時間内に本件飛び込み台から飛び込んで本件事故に遭ったもので、それによって原告らが被った損害は、土地の工作物の設置又は保存の瑕疵によって生じたものといえ、本件プールの占有者である被告は、原告らの右損害につき、工作物責任に基づく賠償義務を負う。

4  安全配慮義務違反による債務不履行責任

(一) 被告は、一項6(三)記載の提言に即し、安全配慮義務として、以下のことを行う必要があった。

(1) 原告を含む受講生に対して飛び込みの失敗による脊椎損傷等の事故が多発していること、水泳の技術・能力と飛び込みの技術・能力は全く別物であって、水泳の技術・能力が高くても飛び込みの技術・能力のない者は飛び込み事故を惹起するおそれが十分にあること等を周知させる

(2) 原則として飛び込みは禁止し、コーチの具体的個別的指導がある場合に限って飛び込みの練習を許容する

(3) 受講生に飛び込みの練習を行わせるにあたっては、事前に水面に対して鋭角に入水し、水中深く潜って頭部が水底に衝突することを防止するための基本動作としてスタート台やプールの壁面に両足先を確実にかけ強く蹴る、顎を引き締め、上腕部で頭を挾むようにして両腕を伸ばして指先から水中に入る、入水後手のひらを返して浮上することを周知徹底させる

(4) コーチなどの指導者を常に付き添わせ、飛び込みの経験の浅い受講生にはまずプールサイドからの飛び込みを行わせ、ある程度慣れた段階でより高い位置のプール端壁立ち上がりからの飛び込みに移行するなど、受講生の飛び込み技術や体格に応じた個別具体的な指導を行う

(二) 特に、原告一郎は、泳ぎ自体の技術はともかく、飛び込みに関しては、本件事故に遭うまで学校やスイミングスクールでの授業を通じて一度も指導を受けたことがなく、本件事故の日に初めて独自に飛び込みの練習を試みたのであるから、飛び込みの危険性に関する知識、飛び込みの技術とも全くないに等しく、原告一郎に対して飛び込みの際の一般的注意及び個別具体的な指導を行う必要性は特に高かったというべきである。

(三) また、被告は、プール管理にあたっては、本件プールには飛び込み台を設置できないことを認識し、直ちに飛び込み台を除去する措置を取ると共に、飛び込み台の除去作業に着手できない間は、受講生の受講中には活常にプールの状況を監視し、本件プールの飛び込み台から飛び込みの練習をしようとしている受講生に対して直ちにそれを制止する義務があったというべきである。

(四) ところが、被告は、原告一郎が被告スクールに入会してから本件事故に遭うまでの間、原告一郎に対して飛び込み事故の危険性を告知したり、飛び込みは原則として禁止され、コーチの個別具体的な指導があるときに限りその練習ができること等の注意を何ら行わず、また、本件プールの飛び込み台の除去あるいは飛び込み台からの飛び込みの絶対的な禁止の措置を取らず、事実上受講生らが本件プールの飛び込み台から飛び込んで泳ぐことを放任していた。

(五) 本件事故の直前においても、3項(四)記載のとおり、長田は原告一郎を含む受講生三名程度が相次いで飛び込み台から飛び込んだこと、右の際、原告一郎の逆飛び込み技術が極めて未熟で腹部を水面に打ち付けるいわゆる「腹打ち」をしていたこと等の事実を容易に認識し得た。

それにもかかわらず、長田は、被告の履行補助者として原告一郎を含む受講生に飛び込みを禁止したり、コーチの具体的指導に従って飛び込みの練習をするよう注意ないし指導することなく、逆飛び込み技術が未熟な原告一郎が独自に飛び込みの練習をすることを漫然と放置した。

(六) 右は、被告において一項6(一)記載の安全配慮義務に違反するものであって、被告は本件事故によって原告らに生じた損害についての賠償義務を負う。

5  不法行為責任

4項記載の被告の安全配慮義務違反は、また、営利を目的とするスイミングスクールを経営するものとして、被告の過失による不法行為責任を構成する。

6  使用者責任

(一) 長田は、被告スクールの主任コーチとして、その指導内容を決めるべき立場にあり、4項記載の安全配慮義務の内容と同様の措置を取るよう指導計画を立案し、それを実施するために担当コーチに具体的な指示をすべき義務があったのに、これを怠った。

(二) 長田は、株式会社ジェイエスエスの派遣社員であるが、被告スクールの主任コーチとして平成三年四月一日から現在に至るまで被告の事業に従事しており、被告との間に事実上の従属関係がある。

(三) 長田の右不法行為は、被告の事業の執行につきなされた。

7  本件事故による原告一郎の治療経過及び後遺障害

(一) 原告一郎は、本件傷害のため、平成七年一二月四日平成記念病院に搬送されたが、翌五日、手術及び全身管理のため奈良県立医科大学付属病院に転送され、同日から平成八年二月一九日まで同病院で入院治療を受け、ついで同日から平成八年五月二一日まで平成記念病院において入院治療を受け、さらに同日から奈良県心身障害者リハビリテーションセンター(以下「リハビリセンター」という)に入院して治療を受けた。

(二) 原告一郎は、平成八年九月二四日、次の後遺障害(以下「本件後遺障害」という)が残存する旨の症状固定診断を受けた。

(1) 下肢は自動運動が僅かに認められる程度まで麻痺して、立位、歩行は不可能である。

(2) 上肢も不完全麻痺により、手指の自動運動がほとんど不可能になるなど不自由な状態である。

(3) 第五頸椎以下の感覚が麻痺し、体幹麻痺のため、座位保持に背もたれが必要な状態である。

(4) 神経因性膀胱直腸障害のため、排尿は間欠的自己導尿により行い、排便は下剤、浣腸等によるコントロールと介護者による便の掻き出し等の介護がなければ不可能な状態である。

(5) ベッド上の起居、入浴、排便等の日常生活に他人の介護が必要であり、生涯車椅子による生活となった。

(6) 性機能障害(勃起不全、射精障害)が残り、改善の見込みはない。

8  本件事故による原告一郎の損害

(一) 入院治療費 合計一〇八万四一七一円

原告一郎は、本件傷害の治療につき、次の費用を要した。

(1) 平成七年一二月五日から同八年二月一九日までの奈良県立医科大学付属病院における入院治療費四九万七三〇五円

(2) 同八年二月一九日から同年五月二一日までの平成記念病院における入院治療費二三万七二〇一円

(3) 同八年五月二一日から同年九月末までのリハビリセンターにおける入院治療費三四万九六六五円

(二) 入院雑費 四四万四〇〇〇円

原告一郎は、本件傷害の治療のため、症状固定日である平成八年九月二四日まで合計二九六日間入院した。原告一郎が右入院期間中に要した雑費は、一日当たり一五〇〇円の割合とするのが相当である。

(三) 療養看護費 六一一一万二五七七円

(1) 原告一郎は、症状固定後もリハビリセンターに入院し、機能回復訓練を続ける予定である。同センターに入院中は、排便等も含め、同センター職員の完全看護を受けることができるため、家族の付添は必要がない。しかし、同原告は、平成一一年五月以降、自宅での療養を余儀なくされることになる。

(2) 同原告には本件後遺障害が残存するため、排便、食事の準備、入浴等の日常生活の動作を独力ですることができず、終生、家族等による付添看護に依存せざるを得ない。同原告に対する付添看護は、同人の体格等からして著しい労力を要し、その内容は職業的付添看護人がするのと同等以上である。

したがって、社団法人日本臨床看護家政婦協会の定める平成八年度一般看護料地域別基本給時間外手当一覧表のB地基本給一万〇一六〇円を基準に算定するのが相当である。

(3) 同原告が自宅での療養生活を余儀なくされる平成一一年五月には、同原告は満二六歳に達しているが、厚生省大臣官房統計情報部編の平成七年簡易生命表(以下「平成七年簡易生命表」という)によれば、満二六歳の男子の平均余命は五一・三八年である。

(4) 右各事実を基礎として、平成一一年五月以降の同原告の本件後遺障害による療養看護費の現価額を、ライプニッツ方式により中間利息を控除して算定すると、六一一一万二五七七円(一円未満切り捨て。以下同じ)となる。

〔計算式・10,160×365×(18.3389-1.8594)=61,112,577.8〕

(四) 療養雑費 五五七万五二七二円

(1) 原告一郎は、本件後遺障害残存の結果、終生、一日当たり八〇〇円を下らない紙おむつなどの療養雑費の支出が必要である。

(2) そこで、右療養雑費を算定すると、次のとおりとなる。

(イ) 平成八年九月二四日から同九年四月末までの分 一七万五二〇〇円

(計算式・800×219=175,200)

(ロ) 平成九年五月以降の分 五四〇万〇〇七二円

原告一郎は、平成九年五月現在満二四歳であり、平成七年簡易生命表によれば、二四歳男子の平均余命は五三・三一年である。

右各事実を基礎として、平成九年五月以降の原告一郎の本件後遺症による療養雑費の現価額をライプニッツ方式により中間利息を控除して算定すると、五四〇万〇〇七二円となる。

(計算式・800×365×18.4934=5,400,072.8)

(五) 家屋改造費 一一九〇万円

原告一郎が自宅で生活していくためには、家屋を大幅に改造する必要がある。そこで、同原告は、その父親であるA野太郎宅の増築の見積りを株式会社ベターリビングに行わせたところ、右増築に一一九〇万円を要することが判明した。

同原告は、右増築を行わなければ自宅での生活が不可能ないし著しく困難であることを考慮すると、同原告は、本件事故により、右見積相当額の損害を被ったといえる。

(六) 休業損害 一九六万七六五〇円

原告一郎は、本件事故の翌日である平成七年一二月五日から症状が固定した平成八年九月二四日までの二九五日間休業を余儀なくされ、その間、給与の支給を全く受けなかった。

同原告が、本件事故によって休職する前三か月間の給与は、本給・付加給を併せて六〇万六九八八円であり、これを一日当たりに換算すると六六七〇円であった。したがって、同原告の休業損害は一九六万七六五〇円となる。

(七) 後遺障害による逸失利益 一億一九七三万三六七七円

(1) 原告一郎は、本件事故当時二三歳であり、本件事故に遭わなければ満六七歳までの四四年間稼働可能であって、その間、男子労働者の平均程度の収入を上げ得たが、本件後遺障害によりその収入を一〇〇パーセント喪失した。

(2) 同原告の逸失利益算定の基礎収入は、平成七年度の賃金センサス第一巻第一表旧大新大卒男子労働者の平均給与年額六七七万八九〇〇円とするのが相当である。

(3) 右各事実を基礎として、同原告の本件後遺障害による逸失利益の現価額を、ライプニッツ方式により中間利息を控除して算定すると一億一九七三万三六七七円となる。

(計算式・6,778,900×17.6627=119,733,677)

(八) 慰謝料 三〇〇〇万円

原告一郎は、大学を卒業し、就職してわずか八か月後に本件事故に遭っており、前記入院の状況及び本件後遺障害の結果、生涯親族等の介護を受けて車椅子での生活を送らなければならないこと等を考慮すると、同原告が本件事故によって被った肉体的、精神的苦痛に対する慰謝料としては、三〇〇〇万円が相当である。

(九) 弁護士費用 二〇〇〇万円

原告一郎は、原告訴訟代理人らに対して本件訴訟の提起追行を委任し、執酬として二〇〇〇万円を支払う旨約した。

(一〇) 合計 二億五一八一万七三四七円

9  原告花子の損害

(一) 慰謝料 一〇〇〇万円

原告花子は、夫である訴外A野太郎が入院治療中であることから、本件事故によって原告一郎の排便及び入浴などの介護を当分の間一人で続けざるを得ない状態であり、今後も同原告の生活全般を支えていかなければならない。

そのような原告花子の精神的苦痛に対する慰謝料としては、一〇〇〇万円が相当である。

(二) 弁護士費用 一〇〇万円

原告花子は、原告訴訟代理人らに対して本件訴訟の提起追行を委任し、執酬として一〇〇万円を支払う旨約した。

(三) 合計 一一〇〇万円

三  本件各請求

主位的に工作物責任、予備的に安全配慮義務違反による債務不履行責任、不法行為責任、使用者責任に基づき、原告一郎については二項8(一〇)記載の金額の内金である第一の一記載の、同花子については二項9(三)記載の第一の二記載の各損害金及びそれらに対する本件事故発生日である平成七年一二月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払請求

四  原告ら主張の請求原因に関する被告の主張

1  本件事故の態様について

(一) 日時

本件事故日は、午後七時から成人コース(上級)の水泳の授業が行われる予定であった。右授業の参加者は、午後六時四五分ころからストレッチ体操を行い、午後七時ころに脱衣して本件プールに移動・集合し始めた。本件事故は、水泳授業開始前の移動・集合時に起こったものであり、時刻は午後七時二分ころであった。

(二) 事故状況

原告一郎は、一回目の飛び込みでいわゆる腹打ちをすると、すぐにスタート台に戻り、腕を二回振って勢いをつけて飛び込んだところ、腕が伸びきらないうちに頭部から着水し、続いて、水面に対しほぼ垂直な角度で入水し、「ゴーン」あるいは「ゴツン」という大きな音をたてて頭部を本件プール底に打ちつけた。

(三) 発生原因

原告一郎は、腕を二回振って勢いをつけて飛び込んでいることから、強い推進力を得て飛び込んだと考えられる。また、同一郎は、腕が伸びきらないうちに頭部から着水し、腕が水圧の抵抗を受けて腕を伸ばそうとしても伸ばすことができなかったため、プール底に対して垂直方向の推進力を前方向の推進力へ転化することができず、釘打ちのごとく、ひたすら垂直方向に進み、脳天をプール底に打ち付けたと考えられる。

(四) 本件事故時のコーチの状況

本件事故時の成人コース(上級)の授業は、大平謙治コーチが担当する予定であったが、当日、大平は都合により出勤できなかったため、阪本憲一コーチに変更となった。阪本は、午後六時から七時まで競技会出場を目指す児童を対象とした競泳コース(育成)の授業を行っていたため、本件事故時には、同コースのパネルから成人コース(上級)のパネルへ切り替えるべくパネルを整理しており、原告一郎が本件プールで飛び込んでいたことは、認識していなかった。

また、原告の指摘するコーチである長田は、午後六時から七時三〇分にかけて競技会に選手として出場する児童を対象に競泳コース(選手)の水泳授業を行っていた。右水泳授業は、午後六時から七時までは第三コース及び第四コースを使用していたが、午後七時から成人コース(上級)の使用となるため、午後七時に右児童らを第五コース及び第六コースに移動させ、かつ、午後七時から五分間ほどトイレ休憩の時間とした。長田は、その間にコーチ室に戻り、出席簿をつける等の事務作業をしていたため、原告一郎が飛び込んでいたことは、認識していなかった。

2  以上の本件事故態様に基づいて、被告の責任について検討すれば次のとおりである。

(一) 工作物責任の主張について

(1) 原告らは、スイミングスクール用プールの水深が、水泳連盟の公認規則の定めに従って一・二メートル以上なければ、当然プールには瑕疵がある旨主張する。

(2) しかし、本件プールは最浅部の水深が一・〇五メートルであるが、平成七年二月一日に日本水泳連盟から再公認を得ている。このことは、水泳連盟自身が、水深一・二メートルの規定を絶対的な基準としては考えていないことを示している。

(3) また、被告において他のプールを三二か所にわたり調査したところ、その三二か所全てのプールの最浅部の水深が一・二メートル未満であった。これは、水泳連盟が平成四年四月一日に公認規則を改正するまで、最浅部の水深が一・〇メートルあれば足りるとしていたため、平成四年四月一日以前に竣工したプールは最浅部の水深を一・二メートル以上に設計していなかったためである。

したがって、原告ら主張のとおり改正後の公認規則が安全性の基準であるとすれば、無事故のプールであっても、一・二メートルに足りないというだけで瑕疵があることになり、日本中に大量の瑕疵あるプールが出現することになってしまう。この結論が妥当でないことは多言を要しない。

(4) さらに、水泳連盟の公認規則が絶対であるとすれば、最浅部の水深が一・二メートル未満のプールは、平成四年三月三一日までは瑕疵がなかったのに、平成四年四月一日から突然瑕疵があることになってしまう。しかし、この結論も合理的でない。水泳連盟は単なる財団法人であり、何ら法的拘束力を有しないにもかかわらず、その公認規則をプールの安全性の絶対的基準とするからこのような不合理な結論になるのである。

思うに、プールが通常有すべき安全性を備えているか否かは、通常予見し得る飛び込み方を前提に判断されるべきである。なぜなら、水泳連盟も認めているように、任意な、あるいは乱暴な姿勢で飛び込んでも頭部や頸部を傷めないですむとされる水深は二・七メートル以上であるから、通常予見し得る飛び込み方を前提に安全性の基準を考慮すると、プールに瑕疵がないと言うためには、二・七メートル以上の水深を要することになってしまうからである。

(二) 安全配慮義務違反の主張について

(1) 本件のような受講契約に付随する安全配慮義務は、受講者の人的能力によって相対的となる。すなわち、児童に対しては高度な注意義務が要求されるとしても、成人に対しては、自ずから高度な注意義務は要求されない。なぜなら、児童は未だ事理弁識能力・判断能力において不十分であるため、危険な行動をとってしまうことが十分予見可能であるが、成人は成熟した事理弁識能力・判断能力を有していることが通常であるから、殊更危険な、あるいは異常な行動をとることは通常予見し得ないからである。

したがって、被告は、成人会員が殊更危険な、あるいは、異常な行動をとることがないよう注意する義務まではない。かかる危険・異常な行動により生じた責任は、その行動をとることを決定した成人会員本人に帰する(自己決定に基づく自己責任の原則)。

(2) ところで、原告一郎の飛び込み方は1項(三)で指摘したとおりであり、飛び込み方としては危険極まりなく、全く異常という他ない。加えて、同原告が一度も飛び込み指導を受けた経験がなく、飛び込みに関する自己の経験の乏しさを十分認識していたのであれば、安易に飛び込みを行うべきでないことは明らかであって、本件飛び込み自体、思慮分別を欠いた無謀な行動という他ない。

(3) これまでも原告一郎が危険・異常な飛び込みを繰り返していたのであれば格別、成熟した判断能力・事理弁識能力を有していると予測し得る成人会員たる同原告が、いきなりかかる思慮分別を欠いた異常な飛び込みを行うことは、被告において予見できず、したがって、同原告が、かかる思慮分別を欠いた異常な飛び込みを行わないよう注意する義務が生ずる余地はない。

本件事故は、本件飛び込みを行う旨自ら決定した同原告自身がその結果につき自ら責任を負うべき、同原告の一方的過失に基づく自招事故である。

理由

一  本件事故に至る経緯及び事故態様等

《証拠省略》によると、主張一項3記載の当事者間に争いのない事実のほかに、次の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  原告一郎は、昭和四七年一〇月二八日生まれで、平成七年三月、B山外国語大学英米学科を卒業し、同年三月三〇日、C川ビジネスサービス株式会社に入社した。同原告は、実用英語検定準一級の資格を有し、本件事故時(同原告二三歳時)である同年一二月四日当時は、同社から派遣された大阪市住吉区所在の財団法人D原技術者研修協会(AOTS)関西研修センターにおいて、外国人相手のフロント業務に従事していた。

2  同原告は、小学校低学年のころ、被告スクールに二、三か月ほど通って、クロールで一三メートルほど泳げるようになった。同原告は、小、中学校の体育の時間に水泳の授業を受けたことはあったが、入学した高校にプールがなかったため、高校在学中、水泳の授業は受けなかった。その後、同原告は、プール等に泳ぎに行った際、たまたま知り合った人から泳法を教えてもらったりして、バタフライや平泳ぎ、背泳ぎ(以上三種とクロールを併せ、以下、「四泳法」という)も泳げるようになったが、スタート(逆飛び込み)の指導を受けたことはなかったし、スタートを自ら試みたこともなかった。

3  同原告は、平成七年九月末ころ、被告スクールのコーチの指導付き成人コース(月八回)に入会し、週二、三回の割合で、主に午後六時四五分から午後八時までの間、水泳の指導を受けるようになった。同コースには、その泳力に応じて初級、中級、上級の三つのクラスがあり、同原告は、当初中級クラスで練習を始めたが、同クラスで三、四回練習したところ、物足りなく感じたため、自ら希望して上級クラスに入った。なお、上級クラスには、おおよそ四泳法全てを泳げる者が所属していた。その練習方法は、まず、午後六時四五分ころから七時ころまでの間、トレーニング室においてコーチないしインストラクター(以下、両者を併せて単に「コーチ」という)の指導でストレッチ体操(準備体操)をし、ロッカー室で水着に着替えてシャワーを浴び、プールサイドに出て、クラス毎に分かれてプールでコーチの指導を受けつつ練習を行うものであった。なお、水着に着替えた後受講生がプールサイドに揃うまでの五分ないし一〇分間程度の空き時間は、受講者において自由にプールに入って泳ぐことができた。成人コースの受講生は、本件プールでの飛び込み(いわゆる「逆飛び込み」の方法によるもの。以下、単に「飛び込み」という)を禁止されておらず、上級クラスの受講生を中心として、右空き時間等に自由に飛び込み台から飛び込んでいたし、それを目撃したコーチらも、それら飛び込み方法がいわゆる「腹打ち」と称する、腕や頭部よりも先に腹部を水面に打ち付ける下手な飛び込み方であっても、特に求められない限り指導はしなかった。なお、コーチにおいても、空き時間等に自ら本件プールへの飛び込みを行っていた。

4  被告スクールにおいては、リレー形式で飛び込んで泳ぐスタイルを練習する際に、飛び込みの練習を行うことはあった。しかしながら、通常の練習の際には、スタートの練習は余り重要性がないため、特に受講生が正規の練習の時間外にコーチに申し出て指導を受けたい旨希望した場合に限り、練習時間が終わった後などに練習を行う程度であった。なお、飛び込みの練習を行う場合は、最初はプールサイドに浅く腰掛けた態勢から飛び込む腰掛け飛び込みや、片膝姿勢から飛び込むなどの低い態勢で行うこと、その際には、両腕を前方に構えて伸ばし、顔を前方へ向けたままできるだけプールサイドから遠くに飛ぶなど、スタートの危険性を認識させて、深く入水しない飛び込み方を学ばせることなどが要請されている。

もっとも、原告一郎は、他の受講生がコーチから飛び込みの指導を受けているのを見たことがなかったし、飛び込みに特別高度な技術を要するものとは考えていなかったことから、その指導をコーチに申し出たことも、実際にその指導を受けたこともなかった。

5  同原告は、平成七年一二月四日の本件事故当日も、午後七時ころ、ストレッチ体操を終えて水着に着替え、本件プールサイドに出た。その際、本件プールでは、既に成人コースの受講生である西川肇及び同原告が名前を知らないもう一名の男性受講生が飛び込みをして泳いでいたし、被告スクールの梅本コーチがプールに飛び込みするのも目撃した。同原告は、同月一七日(日曜日)に、本件プールにおいて被告スクール主催の競泳の記録を取る記録会があると聞き、それに参加しようと考えていた。同原告は、同記録会では多くの参加者が良い記録が出るよう飛び込みをするとも聞いていたため、自らも飛び込みをしようと考え、その練習のため、本件飛び込み台から初めて飛び込みをしてみた。すると、前記「腹打ち」の状態になってしまったため、同原告は、右の飛び込み方の格好が悪かったと感じて恥ずかしく思い、そのまま泳ぐことなく直ちに本件飛び込み台に戻って、今度は格好良く飛び込もうと考えた。そして、再度本件飛び込み台に立ち、今度は腹打ちしないよう意識し、腕を二回振って勢いを付けた上、腕を伸ばし、腰はやや曲げて体を「く」の字の状態にして入水しようと考えながら本件プールに飛び込んだ。

6  しかるに、同原告は、腕を頭部より前方に伸ばし切らないまま、頭部を真下にし、胴体を水面に対してほぼ垂直の状態で、本件スタート台から二メートルほど前方のプール内に入水した。同原告は、水圧の影響で腕を頭部の前方に伸ばすことができなかったこともあって、頭を下にしたまま身体がプールの底に向けて沈んでいき、額中央で髪の生え際付近をアルミ製の本件プールの底面に激しく打ち付けた。その際、「ゴツン」あるいは「ゴーン」という大きな音がして、本件プール内あるいはプールサイドにいた者は本件事故に気付いた。同原告は、間もなく水面に浮き上がり、前記西川肇や、成人コースの上級クラス受講生で、プール内のスタート台直下付近にいた吉原利子に抱えられ、他のコーチも協力してプールサイドに引き上げられ、救急車で平成記念病院に搬送された。

二  本件事故時における本件プールの状況等

《証拠省略》によると、主張一項5(三)記載の当事者間に争いのない事実のほかに、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  本件プールは、一九七七(昭和五二)年一〇月一五日に竣工したもので、その形状は主張一項5(三)記載のとおりであり、原告一郎が飛び込んだと考えられる端壁から約二メートル付近の水深は、満水時で約一・一メートルである。本件プールは、一九九五(平成七年)二月一日に、「水泳場の施設・設備及び器具の検定並びにその公認及び推薦」等を目的として設立された財団法人である水泳連盟から、公称二五メートル競泳プールとしての再公認を受けていた。

2  被告は、被告スクールにおける水泳指導のため、株式会社ジェイエスエスとの間で水泳指導員の派遣契約を締結している。同社は、右契約に基づき、昭和六〇年四月一日以降同社の社員である長田らを被告に派遣した。長田は、平成三年四月一日以降現在に至るまで、被告スクールの主任コーチであり、水泳連盟の認定する一般水泳指導員二種並びに水泳連盟及び日本体育協会の認定するC級公認水泳教師の資格を有している。

なお、本件事故当時、被告スクールには長田を含め八名の専任コーチと、アルバイトのインストラクター一〇名ほどが派遣されていたが、水泳教師の資格を有していたのは長田だけであった。

3  被告スクールでは、特に飛び込みの指導を行うとき以外は受講生が水の中に入った状態で授業を行うため、授業中に飛び込みを行う受講生はいなかった。授業時間以外においては、特に児童のコースの受講生はふざけて危険な行動を取る可能性もあったことから、被告は児童の飛び込みを原則として禁止していた。しかしながら、成人コースの受講生については、ふざけることも考えられず、特に危険性も感じなかったことから、授業中以外にプールに飛び込むことを禁止しておらず、現に、コーチにおいて、主に上級クラスの受講生が飛び込むのを目撃しても、一切注意したことはなかった。

4  本件事故の直前である平成七年一二月四日(月曜日)午後七時ころまで、授業時間が午後五時四五分から午後七時までの学童のレギュラークラス(甲27記載の「学童コース②」七歳以上)所属のおおよそ一〇歳前後の受講生と、授業時間が午後五時四五分から午後七時三〇分までの学童の選手育成コース(同記載の「スクール級スーパーマリーン以上」)所属の年齢が一〇歳より上の受講生の合計三〇人くらいの受講生及びコーチ二、三人が本件プール内で練習していた。しかるに、同人らは、そのころ一斉に本件プールから出て(主張四項1(四)参照)、本件事故当時には成人コースの受講生四、五人のみが本件プール内にいた。そのため、本件事故当時の本件プールの水は、おおよそ三〇人程度の児童が入水していた関係であふれ出た水の量だけ少なくなって、水深もある程度浅くなっていた。

5  本件事故発生当時、長田は本件プールサイド脇のコーチ室内におり、他のプールサイドにいたコーチも成人コースの授業準備等の作業をしていたため、コーチの中に原告一郎が本件プールに飛び込んだのを目撃した者はなかった。

6  長田は、本件事故が起こったことによって初めて飛び込みによって本件のような重大な事故が発生することを知り、本件事故後は、コーチが付いて教える場合以外は飛び込みを全面的に禁止し、本件プールサイド等に「飛び込み禁止」と記載した貼紙を張り出すなどして、その徹底を図っている。

三  飛び込み事故の発生状況と水泳連盟の規則改正等

《証拠省略》によると、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  水泳における障害・外傷の発生頻度は、他のスポーツに比較すると低く、安全なスポーツと考えられているが、頸椎損傷に限っては、水泳に比較的多く、国内の頸椎損傷の発生実数が年間一五〇〇から二〇〇〇件であるところ、水泳によるものはそのうち八〇ないし一〇〇件と推定され、うち、学校プールでは、平均して年間約六件の飛び込みによる事故が発生しているとされる(平成元年一一月一日に水泳連盟が発行した「月刊水泳」)。また、別の資料では、一九八七年から一九九四年の八年間に、学校での飛び込み事故による死者は四人、障害を受けた者が七一人で、うち、第一級障害を受けた者が三六名とされている。

受傷者の特徴は、一〇代の男性という比較的運動能力に優れた者に多く、飛び込み愛好家にも多く見られ、逆に初心者には少ないというものであって、水泳に熟練したある程度の技量を持つ者でも受傷の可能性がある。そして、実際にも、中・高校の水泳部員や、水泳指導を行う小学校の教師など、水泳に熟練した者や、成人女性など比較的危険な行為をすることが少ないと思われる者でも、飛び込み事故による頸椎損傷等の重大な傷害を負って死亡したり、全身ないし半身不随等の重篤な障害を遺している。

2  飛び込みによる頸椎損傷は、水底に頭部を強打して起こる場合と、水面での圧力により起こる場合の二通りが報告されている。その発生原因は、①ふざけ、不注意、飲酒による無謀行為による個体の要因、②未熟な技術、危険な飛び込み法など方法の要因、③水深、障害物の誤認、ほかの泳者との衝突といった環境の要因がある。なお、飛び込みによって身体(特に頭部)が到達する水深については、水面上〇・七五メートルの高さから成人男子あるいはそれに近い体格の人間が任意な(あるいは乱暴な)姿勢で飛び込んで頭部や頸部を痛めないですむ水深をコンピューターを使ったシュミレーションで調べたところ、その深さはほぼ二・七〇メートル前後であったとされている。また、水泳熟練者による飛び込みの検証実験においても、一・五メートルから一・六〇メートルの水深に到達する場合があることが確認されている。そうすると、飛び込み台からプールに飛び込んだ場合には、相当程度の水深まで身体が到達し、浅いプールではプール底部に頭部を打ち付けて頸椎損傷が生じる可能性が常に存するといえる。

3  ところで、一般にプールの水深は、使用目的に適合したものを選ばなければならない。わが国において昭和初期に作られた競泳用プールの中には、二メートルにも及ぶ深いプールもあったが、戦後から昭和三五年ころまでに作られたプールでは、水泳連盟の公認規定の一・〇メートル、国際水泳連盟規定の五フィート(一・五二四メートル)を考慮して、最浅水深を一・五〇メートル程度に取るのが普通とされていた。

しかし、一般公開をするプールでは管理上深すぎるとの非難が起こり、その後、国際水泳連盟規定が三フィート(〇・九一四メートル)以上とするよう改められたことから、公開試合や一般公開における実際上の経験を考慮して、一・三〇メートル程度が多く採用されるようになった。

小中学校プールでは、公認プールにならって最浅水深を一メートル以上にとることがあったが、これでは深すぎて事故の原因ともなるので、水泳連盟では「小中学校標準プール」に関する規定を設け、最浅水深を八〇センチメートルとするよう勧めた。また、文部省が、昭和四一年一〇月一日に出版(昭和四四年七月五日再版)した「水泳プールの建設と管理の手びき」の中で、その使用目的に応じて適当と思われる水深を、おおよそ次のとおりと定めている。

(一)  幼児用プール

最浅〇・三メートル、最深〇・八メートル

(二)  小学校用プール

最浅〇・八メートル、最深一・一メートル

(三)  中学校用プール

最浅〇・八メートル、最深一・四メートル

(四)  高等学校・大学用プール

最浅一・二メートル、最深一・六メートル

(五)  競泳用プール

最浅一・三メートル、最深一・八メートル

(六)  一般水浴用プール

最浅〇・五メートル、最深一・五メートル

(七)  飛び込み競技用プール

最深部は五メートル以上

(八)  一般飛び込みプール

飛び込み台の高さ 安全最小水深

〇・五〇メートル 一・七〇メートル

一・〇〇メートル 二・〇〇メートル

一・五〇メートル 二・二五メートル

二・〇〇メートル 二・四〇メートル

三・〇〇メートル 二・八〇メートル

4  水泳連盟は、平成四年四月、その公認プールについての規則改正を行った。その内容は、主張一項5(二)記載のとおりであって、それ以前の公称二五メートル競泳プールは、「スタート台の高さを〇・五メートル以上〇・七五メートル以下とし、前面の水深が一・二メートル未満の場合にはスタート台の高さを〇・四メートル以上で、スタート台の前面の水深から〇・四五メートルを減じた高さ以下」としていたものを、規則改正により、「端壁前方五・〇メートルまでの水深が一・二〇メートル未満であるときはスタート台を設置してはならない」として、飛び込みがなされる付近の水深が一・二メートル未満の場合には、飛び込み事故を避けるためスタート台の設置を許さないことに変更したものであって(規則四七条。以下「スタート台設置禁止規定」という)、スタート台設置禁止規定は、標準プール五〇メートル又は二五メートルプール(小中学校プールを含む)においても採用されている。

なお、同時に、公称五〇メートル国際基準競泳プールの水深が一・二〇メートル以上から二メートル以上(スタート台の高さ〇・五メートル以上〇・七五メートル以下については変更なし)に、公称五〇メートル国内基準競泳プールの水深が一・〇〇メートル以上から一・二〇メートル以上(スタート台の高さについては国際基準と同じ)にそれぞれ変更されている。

ちなみに、標準プール五〇メートル又は二五メートルの水深については、一九八二年以降、規則上、小中学校プール〇・八メートル以上、小中学校プール以外一・〇メートル以上とし、飛び込み事故防止の見地から、小中学校プールにおいても水深一・〇メートル以上とすることが望ましい旨規定され、現在に至っている。

5  水泳連盟は、平成四年一一月、右規則改正に関し、主張一項4記載の見解を発表し、水泳連盟に登録している団体等に送付している「月刊水泳」一九八号(一九九三年一月号)に掲載した。

見解において、水泳連盟は、右規則改正が平成三年一月に決定された国際水泳連盟の競技施設において、ミニマムスタンダードとして水深一メートルの規定が設けられると同時に「端壁前方一メートルから五メートルまでの間に水深が一・二メートル以上ないときは」スタート台の設置を制限する旨の規定がなされたこと等について検討した結果である旨述べている。

なお、水泳連盟が発行している一九九六年版の「プール公認規則」と題する書物の中において、水泳連盟飛込委員会は、アメリカにおいては水深一・六〇メートル以下のプールでは、プールサイドからの飛び込みを禁止しているのが一般であることを指摘している。

また、欧米においては、飛び込みが許容されるためには三メートル又は身長の二倍の水深が必要と警告され、家庭でのプールには飛び込み板を設置しないよう啓蒙されているとの指摘や、わが国においては競技用プールの水深は一・五メートル程度が標準となっているが、欧米諸国ではより水深を深くするようになってきているとの指摘もある。

6  しかるに、被告は、右規則改正の後においても公称二五メートル競泳プールである本件プールの端壁五メートルまでの水深が一・二メートル未満である一・一メートル(満水時。なお、本件事故当時は、水深はより浅かった。二項4)であったのに、スタート台設置禁止規定に反して水面からの高さ〇・四五メートルの本件スタート台を設置し続けていた。

なお、被告スクールは、水泳連盟に団体登録しており、「月刊水泳」は毎号被告に送付されていた。

7  水泳連盟は、右規則改正の後である平成七年二月一日、本件プールが公称二五メートルプールとして適格である旨再公認した。しかしながら、右公認の当時、本件プールが水泳連盟の定めたプール公認規則四七条に違反していたことは明らかであることにかんがみると、右再公認は、被告から水泳連盟に提出された再公認申請書に付記された「何ら、改修工事等は施工しておりませんので再公認については問題ないと考えております」との、公認測量者奥村茂太作成名義に係る所見を受けて、書面審査のみでなされたものと推認される。そうすると、右再公認がなされたからといって、水泳連盟において、本件プールがスタート台設置禁止規定に違反していることを認識しながら、公称二五メートルプールとして適格であると公認したとは解されない。

四  被告の工作物責任についての検討(主張二項3)

1  本件プールが、民法七一七条一項にいう「土地の工作物」であって、その占有者が被告であることは、当事者間に争いがない(主張一項5(一))。

そうすると、被告に工作物責任が認められるためには、本件プールの「設置又ハ保存ニ瑕疵アル」(同法同条項)と判断できなければならないところ、右「瑕疵」とは、工作物が通常有すべき安全性を欠いている状態を指すものと解するのが相当である。

そして、右の「安全性を欠く」とは、工作物がその利用者又はそれに接近する者に対して危険なものとして機能することをいうから、当該工作物の設置された場所的環境、工作物の用途、利用状況ないし接近状況等諸般の事情を考慮して、機能的な観点から右危険性の有無を判断すべきである。なお、右の安全性は、「通常有すべき」もので足りるから、通常予想される危険、すなわち、工作物を使用し、又はそれに接近する者の異常・特殊な行動に対処し得るほど完全なものである必要はないが、右「異常・特殊」か否かの判断は、結局、社会通念によって判断するほかない。

2  そこで、本件プールが、右にいう危険性を有するかについて、一ないし三項の認定事実に基づき検討する。

(一)  本件プールは、成人の、四泳法が泳げるようなある程度水泳に熟練した者が、さらに被告スクールでその泳力を上達させるための練習をするのにも用いられていた(一項3)。被告スクールにおいては、記録会と称する競泳の記録を取る機会もあり、その際にも本件プールが使用されることが予定されていたのであるから(一項5)、そのような者がより良い記録を得るため、本件プールに設置された飛び込み台から飛び込みを行うことも当然に予測された。そうすると、本件プールにおいて、成人の体格を有する者が飛び込み台から飛び込みを行うことは、本件プールの用途となっていたものといえる。

(二)  ところで、一般にプールの水深は、特に水泳初心者の利用を前提とする一般公開用プールや学校用プールの場合、その利用者がプール底に立つと、少なくともその頭部が水面より上に出て、溺れる危険性が小さい浅いものの方が良いが、余り水深が浅すぎて水を掻く腕や足がプール底に着いてしまうようでは泳ぎにくくなるから、その利用者の体格に応じた適切な水深を取ることが求められるといえる。

本件プールは、被告スクールにおいて、これから泳法を覚えていくような小学校低学年の学童から、かなり泳ぎに熟練した成人までが利用することから、一般に小学校用プールとして適当とされているうちの最深の水深である一・一メートルないし高等学校・大学用プールとして適当とされているうちの最浅の水深である一・二メートル(三項3)が採用されたと推認される。

(三)  しかしながら、主にこれら一般公開用あるいは学校プールにおいて飛び込みをすることにより、プール底に頭部を打ち付け、頸椎損傷等の傷害を負って死亡ないし全身や半身不随等の重篤な障害を有するに至る者がこれまでに多く存したことは、三項1及び主張一項4記載のとおりである。

これら、プール底に頭部を打ち付ける事故は、飛び込みを開始する場所から身体が離れてプール内の水中に没するまでに生じた身体の落下速度が、その後身体に対して働く水の抵抗や浮力によって低下したり、腕や掌等を上向きに反らせることにより水中での身体の進行方向を水面方向に向けることによって避けられるものと考えられる。

しかしながら、プールの水面から飛び込みを開始する場所(プールサイドや飛び込み台上面)までの高さが高ければ高いほど、身体が水中に没するときの速度が早くなり、水面からプール底までの距離が小さい(水深が浅い)ほど、身体の受ける水の抵抗や浮力の働きが小さくなって、いずれも身体がプール底に到達する危険性が高くなる。また、飛び込む者の体格(身長、体重)が大きいほど、水に飛び込んだ後に身体が受ける水の抵抗等による減速の度合いが小さくなって、右の危険性が高くなるものと考えられる。

(四)  そこで、一般に飛び込みを行うことが予定されている競泳用プールの水深は、最浅でも一・三メートル存するように設計されているし(三項3)、国内のプールの規格について定め、その公認業務を行っている水泳連盟も、以上のような飛び込み事故発生の危険性を多少なりとも減少させるため、平成四年四月の規則改正により、三項5で指摘したとおり不十分ながらもミニマムスタンダードとして、三項4記載のとおり公称五〇メートル国内基準競泳プールで一・二〇メートル以上の水深を要求し、公称二五メートルプール及び標準プール(五〇メートル、二五メートル)においてはスタート台の前面の水深が一・二メートル未満の場合にはスタート台を設置してはならない旨のスタート台設置禁止規定を設けた。してみると、これらの規則を遵守しないプールは、飛び込みを伴う競泳を行うプールとしての通常の安全性を欠くものと判断して差し支えないものと考えられる。

(五)  なお、被告は、本件事故の際の原告の飛び込み方法が異常なものであった旨主張する(主張四項2(二)の(2))。

しかしながら、一項5、6記載のとおり、原告は、最初の飛び込みで腹打ちをしたことから、それを避けるべく、多少深い角度で水中に進入しようと腰をやや曲げて飛び込んだところ、タイミングを失して腕を前方に伸ばしきらないまま水中に没して本件事故に至ったものといえ、特に右の行動が、成人として異常なものであったとはいえない。また、三項1記載のとおり、原告と同様の飛び込み事故は、高校の水泳部員や学校教師らを含む多数の成人にも生じていることひとつを取ってみても、本件事故が、ことさら原告の異常行動により引き起こされたものとはいえない。

(六)  さらに、被告は、何ら法的拘束力を持たない水泳連盟の公認規則が平成四年四月一日に改正されたことから、それまで瑕疵がなかったプールが突然同日から瑕疵あるものになるとの結論は合理的でない旨主張する(主張四項2(一)の(4))。

しかしながら、三項3で指摘したとおり、文部省は、昭和四一年あるいは同四四年において、その使用目的に応じて適当と思われるプールの水深につき、中学校用プールでこそ最浅〇・八メートルとしているものの(なお、当時の中学生の平均的な体格は、現在よりも相当程度劣っていたことに注意すべきである)、高等学校・大学用プールでは、最浅一・二メートルとしていて、本件プールは昭和四一年ないし同四四年ころの社会通念に照らしても、高校生ないし大学生と同等の体格を有する成人が使用するには浅すぎると評価し得るものであったといえる。

また、水泳連盟は、三項1で認定したとおり、平成元年以前から飛び込み事故による頸椎損傷発生の危険性を指摘し、その防止策を検討した結果として右公認規則改正に至ったものである。そうすると、右公認規則の改正を待つまでもなく、本件プールの構造は、成人の体格を有する者が本件プールの飛び込み台から飛び込むことを前提とする限り、その水深が浅すぎて事故が起きる危険性を有していたというほかない。

そうすると、被告の右主張も当を得ない。

3  以上検討したとおり、本件プールには、民法七一七条一項にいう土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があったものといえ、原告一郎は、右瑕疵があることによって本件事故に遭い、本件傷害を負ったものであるから、被告は原告らに対し、本件傷害によって原告らが被った損害について賠償すべき責任がある。

五  本件傷害による原告一郎の症状及び後遺障害

1  《証拠省略》によると、主張二項7(一)、(二)記載の各事実が認められる。

2  なお、右各証拠によると、原告一郎は、症状固定後もリハビリセンターで療養していたが、平成九年一〇月八日からは、兵庫県立総合リハビリセンターの自立生活訓練センター(以下「訓練センター」という)に移り、以後現在(口頭弁論終結時)に至るまで、同センターの先進的な介護器具を利用し、できる限り自力で生活できるよう訓練を受けているが、その訓練の中でも、主張二項7(二)の(4)、(5)記載の事実に関し、次の各事実も認められる。

(一)  原告一郎は、自ら排尿できないため、常時尿道にバルーンを付け、一日に一、二回、バルーンに溜まった尿を捨てるほか、二週間に一回はバルーンの交換を要するところ、これらの作業は同原告ではできず、どうしても誰かの介護を要する。

(二)  同原告は、自力での任意な排便が不可能であるため、一週間に二回の割合で人為的に排便を行う必要がある。その方法は、まず、排便の前日に下剤と軟便剤を服用し、排便の際には便座チェアに移ってトイレに行く必要があるが、同原告が日頃使用している車椅子から直接便座チェアに移動できないので、いったんベッドに移った後、便座チェアに移る。その際、車椅子と便座チェアを交換するため介護を要する。また、排便の際には、ポンプ式の浣腸器と自助具を接続して、自助具の先端にオリーブ油を付け、手に自助具をはめて肛門に挿入し、ポンプをあごか歯でつまんで膝で押して浣腸液を注入し、自動可能な右腕を腹部の上に当てて、左腕を右腕の上に置いて揺すってマッサージするなど、できる限り自力で行うようにしている。しかしながら、それでも介護が不要であるわけではなく、排便後肛門内に便が残っているかどうか確認してもらって、残っているときにはきれいにしてもらったり、便を漏らしたとき、ズボンや下着を脱がしてもらってシーツを交換してもらうなどの処置をしてもらう必要がある。また、同原告は、常時座っているため痔になっているが、排便後、その薬を塗ってもらう必要もある。

(三)  その他、朝起きたとき、月に一、二回は足の踏ん張りがきかないときがあり、その際には車椅子に移るため介護を要する。また、入浴の際にシャワーチェアに移る必要があるが、車椅子から直接移動できないため、いったんベッドに移り、車椅子からシャワーチェアへの交換をしてもらう必要があるほか、体を洗うことや湯船に入るときなどに介護を要する。

六  原告一郎の損害(主張二項8)

1  入院治療費 一〇八万四一七一円

《証拠省略》によると、主張二項8(一)の(1)ないし(3)の記載の各事実が認められる。

2  入院雑費 四四万四〇〇〇円

《証拠省略》によると、原告一郎は、本件傷害の治療のため、本件事故日である平成七年一二月四日から症状固定日である平成八年九月二四日まで二九六日間入院を要したことが認められる。そして、五項認定に係る原告の症状にも照らすと、原告は、右入院期間中、一日当たり一五〇〇円の入院雑費を要したものと判断する。

3  療養看護費 六一一一万二五七七円

《証拠省略》によると、主張二項8(三)の(1)及び同(2)の前段記載の事実のほか、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告一郎には父太郎(昭和一六年生まれ)がいるが、同人は、精神分裂病のため平成三年二月八日から入院治療中である。そこで、現在、姉春子(昭和四五年生まれ)が勤めに出、母である原告花子(昭和一九年生まれ)も健康下着、健康器具取次の仕事をして生計を支えているが、同原告は本態性高血圧により投薬を受けており、平成六年一〇月九日には脳内出血で倒れて後遺症として左半身が不自由になったほか、身体の右側のみを酷使したことから右肩関節周囲炎にり患して通院加療を受け、さらに、手術を要する左鼠蹊ヘルニアも生じていて、原告一郎に対する細々とした援助はともかく、同原告の体を持ち上げる等の力を要する介護は不可能である。

(二)  原告一郎は、現在、訓練センターでケアワーカーの介護を受けているため付添は不要である。しかし、平成一一年五月からは、同センターを出て自宅での療養を開始しなければならない。その場合、同原告は、五項1、2で認定した本件後遺障害の程度及び内容から見て、ほぼ常時かつ終生、誰かの介護を要する。

(三)  しかしながら、(一)項認定の事実によると、原告花子には同一郎の身体を持ち上げる等の作業を伴う同原告の介護は不可能であるし、春子も原告両名ら家族の生計を支えるため勤務の必要があるほか、近い将来結婚して原告らと別居する可能性も高いから、結局原告一郎の家族の中で、同原告の介護、特に力仕事を伴うような作業ができる者はおらず、同原告は、終生職業的付添看護人を雇い入れる必要性がある。

(四)  職業的付添看護人において介護作業をしてもらう場合の同人に対する基本賃金は、一日八時間で九四四八円であり、看護人の依頼者が負担すべきケアワーカー福祉共済掛け金(支払賃金の〇・五パーセント)や紹介手数料(同一〇・二パーセント)を併せると、一日当たり一万〇四五八円(一円未満切り捨て。以下同じ)となる。そうすると、原告一郎は、終生、少なくともその主張に係る一日当たり一万〇一六〇円の療養看護費を要すると認められる。

以上の事実に、原告一郎が自宅での療養生活を開始する予定である平成一一年五月には、同原告は満二六歳となっている(一項1)ところ、厚生省大臣官房総計情報部編の平成八年簡易生命表(以下「生命表」という)によれば、満二六歳男子平均余命は五一・九三年であることが当裁判所に顕著である。そうすると、同原告に要する療養看護費の現価額を、ライプニッツ方式により中間利息を控除して算定すると、主張二項8(三)の(4)記載の計算式のとおりとなる。

4  療養雑費 五五七万五二七二円

五項で認定した本件後遺障害の程度及び内容並びに療養生活の状況にかんがみると、同原告は、その療養期間中相当程度の雑費を要し、今後も要するものと認められるところ、その日額を八〇〇円とする同原告の主張は相当である。

そうすると、主張二項8(四)の(2)記載のとおりの金額(なお、生命表によれば、二四歳男子の平均余命は五三・八六年である)を要し、あるいは今後要するものと認められる。

5  家屋改造費 一一九〇万円

《証拠省略》によると、主張二項8(五)記載の事実が認められる。

6  休業損害 一九六万七六五〇円

《証拠省略》によると、主張二項8(六)記載の事実が認められる。

7  後遺障害による逸失利益 一億一九四八万〇五六〇円

一項1、五項で認定した事実によれば、原告一郎は、本件後遺障害による症状固定時(平成八年九月二四日)、事故時と同じ満二四歳であり、本件事故に遭わなければ満六七歳までの四三年間稼働可能であったところ、本件後遺障害によりその稼働能力を一〇〇パーセント喪失したことが明らかである。

そして、同原告が、実用英語検定準一級の資格を有し、その資格を生かす仕事に従事していたこと等を考慮すると、もし同原告が本件事故に遭わなければ、今後その収入を増加させ、生涯にわたって少なくともその学歴である新大卒男子労働者の平均給与程度の収入を得たであろうことが認められる。

そうすると、同原告が本件後遺症を被ったことによって失った利益は、平成八年度の賃金センサス第一巻第一表旧大卒新大卒男子労働者の平均給与年額六八〇万九六〇〇円、四三年の複利現価率(ライプニッツ係数)一七・五四五九を用いて計算すると、次の計算式のとおりとなる。

(6,809,600×17.5459=119,480,560)

8  慰謝料 二〇〇〇万円

以上の認定の諸事情を考慮すると、原告一郎が本件事故及びそれに起因して生じた傷害及び後遺障害によって被った精神的損害を慰謝するためには、少なくとも二〇〇〇万円を要すると判断する。

9  1ないし8項の合計 二億二一五六万四二三〇円

10  弁護士費用 二〇〇〇万円

9項の損害額(経済的利益額)を基準に、日弁連報酬等基準規程を参考とし、なお、遅延損害金を不当に利得しないよう考慮して右費用を算定すると、右金額が相当である。

11  総計 二億四一五六万四二三〇円

七  原告花子の損害(主張二項9)

1  慰謝料 五〇〇万円

五項、六項3等で認定した諸事情を考慮すると、原告花子は、その子である同一郎が本件事故によって本件傷害及び本件後遺障害を受けたことにより、同原告の死亡にも比すべき重大な精神的損害を被ったであろうことは、想像に難くない。なお、原告花子は、今後職業的付添介護人の援助を受けながら、終生、同一郎の身の回りの世話を続けなければならないことも予想される。

そうすると、原告花子が被った右精神的損害を慰謝するためには、少なくとも五〇〇万円を要するものと判断する。

2  弁護士費用 八〇万円

1項の損害額(経済的利益額)を基準に、六項10と同様に算定すると、右金額が相当である。

3  合計 五八〇万円

八  過失相殺についての判断

一、三項で認定した事実によると、水深が十分でないプール等における飛び込みは、重大な事故の発生する危険性が存すること、そのため、実際に飛び込みを行うに当たっては、水面からの高さが低い位置より、右の危険性を意識した安全な飛び込み方を学んでから行うなどして、原告一郎自身においても、できる限り事故を避けるための手段を取るべきであったといえる。

しかるに、同原告は、本件事故に遭う直前に一度飛び込みを試みるまでは、これまで一度も飛び込みの練習をしたことがなかったのにもかかわらず、何らの指導も受けることなく、本件飛び込み台から飛び込みを行ったものであって、軽卒であったといわざるを得ない。

しかしながら反面、これまで、飛び込みについての十分な指導を積んでいたであろう中・高校の水泳部の選手や、水泳指導に当たるべき小学校の教師などにおいても、原告一郎と同様の事故が発生していることからすると、仮に同原告が十分に飛び込みの練習を行っていたとしても、四項で認定・判断した本件プールの瑕疵を原因として、本件と同様の事故が発生した可能性は否定し難い。また、二項6で認定したとおり、被告スクールにおける水泳指導面での責任者の地位にあったといえるコーチの長田でさえ、飛び込みによって重大な事故が発生することを知らなかったことからすると、通常人を基準とする過失存否の判断に当たり、原告一郎の前記軽率さをもって、同原告の法的な意味での「過失」と評価することは、同原告にとって酷といわざるを得ない。なお、仮に過失相殺の存在意義について、損害の公平な分配(損害賠償額の調整)を旨とする考え方を取ったとしても、本件が、右公平の観点から、原告らに生じた損害を一定程度減額すべき事案であるとも解されない。

そこで、当裁判所は、原告らに対する損害賠償額の算定にあたって、民法七二二条二項の適用ないし準用を行わないこととした。

(裁判官 森脇淳一)

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